五島列島のオンデ(チャンココ) 覚え書き

「ばらかもん」第8話に登場したオンデ(念仏踊り)に関する覚え書き 国立国会図書館にて五島列島の民族誌に関する資料を調査 日本民俗選集 第10巻 『五島民俗図史』 小川直之編、2009年、クレス社 goto-minzoku ※原著は下記 『五島民俗圖史』 久保 清、橋浦 泰雄 著 一誠社、昭和九年 p.108 に五島の盆祭りについての記載あり

七月 盆祭 盆祭は十四、十五の両日行うのが最も多いが、中には十一日から十五日まで五日間行うところもある。 入口に精霊棚をつくり、仏壇を飾って供物する。墓地にも灯籠を賑やかに灯す。 「念仏踊」通俗には「チャンココ」と呼ばれている。 現在行われている所は、福江の上大津、下大津、本山村、大濱村、富江町等である。 服装は各町村共多少宛の相違はあるが、頭には陣笠又は花笠様のものを被り、腰にはビロー乃至蒲の葉で作った腰蓑をつける。 之等が十数名乃至数名で一隊をなし、歌唱を唱えるものは鉦を携え、舞踊するものは太鼓を持って、各それを打ち鳴らしつつ円形を描いて舞踊する。 歌詞は一定していないが、福江では 「オモーオモーオンデイ、ヲニャヒメョーデー」 と唱え、本山では 「オモーオンレ、オメイモンレ」 と唱え、又富江では 「オーミデヨ、ナモオーミデヨ、ヒョーネーオーミデヨ、ヒョイオーミデヨ、オーミデヨ」 と唱える。 之等の歌詞並びに「チャンココ」と称する語義は不明であって、未だ決定的な解釈は究められていないが「チャンココ」は「治安孝行」の轉訛であり、「オモーオモーオンデイ、ヲニャヒメョーデー」は 「重御霊、同妙霊」の轉訛であるとするもの、又後者を「思う思う御霊、同妙霊」であると解するもの、或いは前者は鉦の音が「チャンコンコン」と響くところから称えられるに至った児童語の一般化であり、後者の初句は「御盆御霊」の轉訛であろうとするもの等各種の意見が提出されている。 踊りの期限もまた明確ではないが、主なる説は二つあって、その一つは旧藩主五島氏の祖宇久家盛が、文治三年七月十四日に宇久島に来て土人の既に行っていたこの念仏踊りを見たという当時の従者藤原氏筆の古記録があるから、その起源はそれより以前に行われていた念仏踊りの一種であるとする説と、その二は、昔(時代不明)、宇久東光寺の住職順堯という者が、御法度の妻帯をしたので、当時の領主(宇久氏)の怒りに触れ、家臣大久保によって攻められた。 順堯は緋の衣を着て、「大久保七代、殿八代」と叫喚して、自ら寺門の四方に日を放ち自亡したが、それ以後領主に祟禍が絶えないので、領主は順堯の亡霊を慰藉(いしゃ)するために、この念仏踊りを創始するに至ったと云う説とである。 またこの他に鹿児島地方から移入したともいい、平家の残党が祖先供養のために始めたとも言われている。